モースルの郊外、アルファフ山の頂上近くに、シリア正教の古い修道院が残っている。4世紀の隠遁者の名を冠した修道院には、このような伝承がある。
時のアッシリア王センナケリブの息子ベーナムは、狩りの最中に迷って洞窟で一夜を過ごし、導かれるように聖マタイと出会う。不思議な力を感じた彼は、らい病を患う妹のサラを連れて来ると、聖マタイは奇跡で病を癒し、感謝したベーナムとサラはキリスト教に改宗した。ところが、それが気に入らない王は、怒りのあまり二人を処刑し、自身も気が狂ってしまう。息子ベーナムの姿を夢に見た王妃は、錯乱する王を聖マタイの元に連れて行ったところ、王はようやく我に返った。自らの過ちを反省した王は、聖マタイに洗礼を授かり、返礼として修道院を建てたのだった。
ISの侵攻が続いた2年の間、この修道院は常に前線から3kmに置かれていた。しかし、眼下で激しい戦闘が絶えない中でも、聖職者たちは自らの運命を天に委ね、決してここを離れようとしなかったという。結果、ISが到達することはなかった。ペシュメルガの部隊が持ち堪えたのだ。
長年の憧憬ゆえか、いくつもの検問を越えて辿り着いたからだろうか。眼下に広がるニネヴェの平原は、神々しく光を放っているかのようだった。
写真・文:田村公祐