アルメニアのワイン事情

歴史

アルメニアは、ワイン発祥の地の一つとされています。
2011年には、世界最古とされる6100年前の醸造所跡が、ヴァヨッツゾール地方のアレニ1洞窟内部で発見されました。
内部は公開禁止のため、写真をお見せすることはできませんが、真夏でも涼しい洞窟には小部屋が多数あり、地面には醸造の跡が見事に残っており、調査中のようでグリッドが張られていました。

アレニ1洞窟の外観

旧約聖書によれば、ノアの方舟が流れ着いたというアララト山の麓に、ノアは初めてブドウを植えた人物とされ、アルメニアの人々は自らをノアの直系子孫と信じています。

アララト山とホルヴィラップ修道院(Shutterstockより提供)

紀元前5世紀のギリシャの歴史家ヘロドトスは、アルメニア商人がユーフラテス川を下り、バビロンまでワインを運ぶ様子を、自著「歴史」にて報告しています。
彼らは木材の骨組みに獣皮を張ったボートを川に浮かべ、ワインの入った椰子樽とロバを乗せ、バビロンに着いてワインをさばくと、木材までも売り払い、獣皮はたたんでロバの背に積み、川沿いを歩いて国に戻ったのだそうです。
現在のアルメニアは内陸の小国で、ユーフラテス川には接していませんが、歴史的には約10倍の領域を有しており、トルコの東半分からイランのオルーミーイェ湖付近に及んでいました。
ヘロドトスが目撃したのは、現在のトルコ南部、地中海に面したキリキア地方と推測されています。

「クール・レッド」のラベルに描かれた古代のアルメニア商人

アルメニアには初期の段階でキリスト教が到達し、西暦301年に世界で最も早く国教として受容して以来、ワイン造りは教会の慣習に取り入れられ、イコンや建築にもその形跡を見て取ることができます。

中世から近世にかけては、アラブやトルコ、ペルシャのイスラム勢力の支配下に置かれますが、アルメニア人の間では例外的に、儀式用に限りワイン生産が認められ、時にはイスラム教徒の隣人にも供されるなど、古来の伝統は小規模ながら受け継がれて来ました。
オスマン帝国末期のアルメニア人大虐殺においては、人的被害のみならず文献類も喪失しましたが、生き延びたアルメニア人醸造家による記録が見つかり、当時のワイン造りを紐解く手がかりになるかも知れません。

その後20世紀に入り、ソビエト連邦に組み込まれると、ワイン供給国としての役割はジョージアに譲り、アルメニアはブランデーの産地と位置付けられて行きます。
現代でも名声を得ている「アララト」という銘柄は、スターリンがヤルタ会談で英首相のチャーチルに供し、一生分買い占めたいと言わしめた逸品として有名です。
一方、ワインは生産自体は続いたものの、ロシア向けの量産を優先した粗悪品に駆逐され、長年の伝統からは遠ざかって行きます。

銘酒として知られるアララト20年

そこに追い打ちをかけたのは、ミハイル・ゴルバチョフの反アルコール政策でした。
加えて、1988年の大地震、1991年の独立後の混乱、隣国アゼルバイジャンとのナゴルノ・カラバフ戦争といった受難の連続も相まって、ブドウ畑は荒廃し、ワイン産業は衰退の一途をたどり、もはや風前の灯火となりました。

転機となったのは2007年、ワイン産業の復興を掲げて植樹が進められ、収穫が可能となった2009年より、続々と新しい生産者が勃興します。
自らのアイデンティティを重んじ、商才に長けた彼らは、独自の品種や類い稀なテロワールを生かし、現代的な技術を駆使して、瞬く間に国際市場にのし上がって行きます。
2011年に世界最古の醸造所が発見されたことも、それを後押ししました。

現在、エレヴァン市内にはワインバーが続々とオープンし、空前のワインブームに沸いています。
失われた古代品種の再現や、同業者間での情報交換も盛んに行われており、アルメニアのワインが再び名声を得る日も近いかも知れません。

地勢と気候

黒海とカスピ海の間に広がる、コーカサス山脈の南側に位置する内陸国で、西にトルコ、南にイラン、北にジョージア、東にアゼルバイジャンと接しています。
国土の大半が標高900m以上の高地にあり、最高地点は4,090mのアラガツ山です。
アルメニアの象徴となっているアララト山は、現在トルコ領となっており、国境から20kmの地点に位置します。

一部の地域を除き、ステップ気候または高地地中海性気候に属し、総じて降水量は少なく、気温は日較差、年較差ともに極めて大きく、日照量に恵まれています。
主なワイン産地であるアララト山麓では、夏はしばしば40度を超える一方、冬には氷点下20度を下回る日もあり、年間降水量は250-300mmほどと乾燥し、半砂漠の植生を呈しています。

主な産地と品種

アララト、アルマヴィル、アラガツォトゥン地方

アララト山の東麓から北麓にかけて弧状に広がる、標高900-1,000mの盆地で、大規模な生産者が拠点を構え、生産量の大半を占める地域です。
寒暖差が大きく、降水量が年間300mm以下と乏しいため、多くの場合は灌漑で賄っています。
赤は土着品種のカルムラヒュット(Karmrahyut)、カヘット(Kakhet)、ハフタナック(Hakhtanak)、ジョージア品種のサペラヴィ(Saperavi)を中心としたブレンドが支配的で、白は土着品種のヴォスケハット(Voskehat)カングン(Kangun)、ジョージア品種のルカツィテリ(Rkatsiteli)のほか、マスカットも比較的多く栽培されています。
少量ながら、カベルネ・ソーヴィニヨン、メルロー、シラー、シャルドネのほか、使用頻度の低い国際品種を栽培する生産者もおり、国際品種同士、または土着品種とのブレンドも見られます。

ヴァヨッツゾール地方

アゼルバイジャン本土と、飛び地のナヒチェヴァンに挟まれた山がちな地域。
年間300日の晴天に恵まれ、畑は1,000m弱から1,400mに分布し、降水量は標高により300-800mmと大きな幅があります。
世界最古の醸造所跡が発見されたアレニ1洞窟もこの地域で、近郊のアレニ村では、毎年収穫の時期にワイン祭りが催され、国中の生産者が一堂に会します。
品種は専ら土着ばかりで、赤は古代品種のアレニ(Areni)のほか、白はヴォスケハット、ハトゥン・ハルジ(Khatoun Kharji)といった品種が見られ、アルメニアを象徴する地域と言えます。

タヴシュ地方

北東部に位置する、ジョージアやアゼルバイジャンと接する地域。
アルメニアでは例外的に比較的降雨があり、気象条件はジョージアのカヘティ地方や、アゼルバイジャンのギャンジャ地方によく似ています。
他と比べ若干地味な地域ですが、ブランデーで有名な生産者がワインも手がけています。
赤はジョージア品種のサペラヴィ、白はジョージア品種のルカツィテリが中心ですが、アルメニア土着のラルヴァリ(Larvari)という品種はこの地域に特有です。

アルツァフ(ナゴルノ・カラバフ)

公式にはアゼルバイジャン領ですが、アルメニア系住民の実効支配下にある、ナゴルノ・カラバフ(アルメニア名アルツァフ)地域。
アルメニアワインとして扱うかは物議を醸すところですが、ここでもワインが造られています。
フンドグニ(Khndoghni)は別名をスィレニ(Sireni)といい、この地域に特有の重要な品種です。
また、良質なオークの産地でもあり、しばしばカラバフ・オークを用いた樽熟成のワインも見られます。

写真・文:田村 公祐

アルメニアワインの一覧



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