アルメニアワインの特徴と品種

歴史

アルメニアは、ワイン発祥の地の一つとされています。2011年には、6100年前の醸造所跡が、ヴァヨッツゾール地方のアレニ1洞窟内部で発見されました。年代のみで言えば、ジョージアやイランにより古いワイン関連の証拠がありますが、醸造所跡としては、アルメニアのものが最古と言われています。内部は公開禁止のため写真は掲載できませんが、真夏でも涼しい洞窟には小部屋が複数あり、醸造に使われたと思われる、甕のようなものが地面に埋まっていました。

アレニ1洞窟の外観 (2016年8月)

旧約聖書によれば、ノアの方舟が流れ着いたというアララト山の麓に、ノアは初めてブドウを植えた人物とされ、アルメニアの人々は自らをノアの直系子孫と信じています。アララト山の北側から東側にかけては盆地が広がっており、気候が適していることから、現代でもアルメニアのワイン生産の中心地となっています。

アララト山とホルヴィラップ修道院 (2017年8月)

紀元前5世紀のギリシャの歴史家ヘロドトスは、アルメニア商人がユーフラテス川を下り、バビロンまでワインを運ぶ様子を、自著「歴史」にて書き残しています。ヘロドトスによれば、彼らは木材の骨組みに獣皮を張ったボートを川に浮かべ、ワインの入った椰子樽とロバを乗せ、バビロンに着いてワインをさばくと、木材までも売り払い、獣皮をたたんでロバの背に積み、川沿いを歩いて国に戻ったのだそうです。現在のアルメニアはユーフラテス川には接していませんが、かつてのアルメニア人の居住地域は遥かに広く、トルコ東部からイラン北西部に及んでいました。

「クール・レッド」のラベルに描かれた古代のアルメニア商人

アルメニアには初期の段階でキリスト教が到達し、西暦301年に世界で最も早く国教として受容しました。それ以来、ワイン造りは教会の慣習に取り入れられ、イコンや建築にもその形跡を見て取ることができます。

中世から近世にかけては、アラブ、ペルシャ、オスマン帝国といったイスラム王朝の支配下に置かれますが、キリスト教徒の間では例外的に、儀式用に限りワイン生産が認められ、時にはイスラム教徒の隣人にも供されるなど、古来の伝統は小規模ながら受け継がれて来ました。

オスマン帝国末期のアルメニア人大虐殺においては、人的被害のみならず文献類も喪失しましたが、生き延びたアルメニア人醸造家による記録が見つかり、当時のワイン造りを紐解く手がかりになるかも知れません。

20世紀に入り、ソビエト連邦に組み込まれると、ワインの供給はジョージアに譲り、アルメニアはブランデーの産地としての役目を割り当てられました。有名な「アララト」という銘柄は、スターリンがヤルタ会談で英首相のチャーチルに供し、一生分買い占めたいと言わせた逸品として知られています。一方でワインは、生産自体は辛うじて続いたものの、大量生産の粗悪品が中心で、長年の伝統からは遠ざかって行きます。

銘酒として知られるアララト20年 (2012年5月)

その後、1988年のスピタク大地震、1991年のソビエト連邦からの独立後の混乱、隣国アゼルバイジャンとのナゴルノ・カラバフ戦争といった受難の連続も相まって、ブドウ畑は荒廃し、ワイン産業は衰退の一途をたどり、もはや風前の灯火となりました。

転機となったのは2007年、ワイン産業の復興を掲げて植樹が進められ、収穫が可能となった2009年より、続々と新しい生産者が勃興します。自らのアイデンティティを重んじ、商才に長けた彼らは、独自の品種や類い稀なテロワールを生かし、現代的な技術を駆使して、瞬く間に国際市場にのし上がって行きます。2011年に世界最古の醸造所が発見されたことも、それを後押ししました。

現在、エレヴァン市内にはワインバーが増え、空前のワインブームに沸いています。失われた古代品種の再現や、同業者間での情報交換も盛んに行われており、アルメニアのワインが再び名声を得る日も近いかも知れません。

人気のワインバー (2017年8月)

地勢と気候

黒海とカスピ海の間に広がる、コーカサス山脈の南側に位置する内陸国で、西にトルコ、南にイラン、北にジョージア、東にアゼルバイジャンと接しています。国土の大半が標高900m以上の高地にあり、最高地点は4,090mのアラガツ山です。アルメニアの象徴となっているアララト山は、現在トルコ領となっており、国境から20kmの地点に位置します。

一部の地域を除き、ステップ気候または高地地中海性気候に属し、総じて降水量は少なく、気温は日較差、年較差ともに極めて大きく、日照量に恵まれています。主なワイン産地であるアララト盆地では、夏はしばしば40度を超える一方、冬には氷点下20度を下回る日もあり、年間降水量は300mm程度と乾燥し、半砂漠の植生を呈しています。

主な産地と品種

アララト盆地 (アララト、アルマヴィル、アラガツォトゥン地方)

アララト山の北側から東側にかけて弧状に広がる、標高1,000m前後の盆地で、大規模生産者が拠点を構え、生産量の大半を占める地域です。寒暖差が大きく、降水量が年間300mm程度と乏しいため、多くの場合は灌漑で補っています。赤は土着品種のカルムラヒュット(Karmrahyut)、カヘット(Kakhet)、ハグタナック(Haghtanak)、ジョージア品種のサペラヴィ(Saperavi)を中心としたブレンドが支配的で、白は土着品種のヴォスケハット(Voskehat)カングン(Kangun)、ジョージア品種のルカツィテリ(Rkatsiteli)のほか、マスカットも比較的多く栽培されています。少量ながら、カベルネ・ソーヴィニヨン、メルロー、シラー、シャルドネといった国際品種を栽培する生産者もおり、国際品種同士、または土着品種とのブレンドも見られます。

アラガツォトゥン地方にあるアルマス社の畑 (2017年8月)

ヴァヨッツゾール地方

アゼルバイジャン本土と、その飛び地のナヒチェヴァンに挟まれた山がちな地域です。畑は1,000m-1,400mに分布し、降水量は標高により300-800mmと大きな幅があります。この地域で栽培されるのはもっぱら土着品種で、赤はアレニ(Areni)、白はヴォスケハットというアルメニアを代表する品種の原産地であり、他にも白のハトゥン・ハルジ(Khatoun Kharji)といった品種が見られます。世界最古の醸造所跡が発見されたアレニ1洞窟もこの地域にあり、近くのアレニ村では、毎年収穫の時期にワイン祭りが催され、国中の生産者が一堂に会します。

ヴァヨッツゾール地方の景観 (2017年8月)

タヴシュ地方

北東部に位置する、ジョージアやアゼルバイジャンと接する地域です。アルメニアでは例外的に標高が低く比較的降雨があり、環境としてはジョージアのカヘティ地方や、アゼルバイジャンの北西部とよく似ています。他と比べ若干地味な地域ですが、ブランデーで有名な生産者がワインも手がけています。赤はジョージア品種のサペラヴィ、白はジョージア品種のルカツィテリが中心ですが、アルメニア土着のラルヴァリ(Larvari)という品種はこの地域に特有です。

ワインの傾向

土着品種を生かしたワインが圧倒的多数を占めています。赤ワインの品種はアレニが大半で、ライトボディから樽熟成のフルボディまで、各メーカーが様々なワインを作っています。アレニという品種の特性から、夏の高温や日照量に対し、力強さを全面に出したワインは少なく、味わい深さを重視したワインが中心です。白はヴォスケハットとカングンが多用され、ヴォスケハットが比較的格調の高いワイン、カングンが大衆的なワインや甘口ワインに使われる傾向にあります。

他の国々と同様、ステンレスタンクと樽の両方が使われますが、アルメニアのワインを語るうえで、古代から伝わる甕製法のワインは外すことができません。甕はアルメニア語でカラスと呼ばれ、ジョージアのクヴェヴリほど盛んではありませんが、現在もごく一部のメーカーが採用しており、独特の風味があります。また、エレヴァン市内のバザールや、アレニ村付近の路上には、ペットボトルで自家製ワインを売る露天商が軒を連ねています。少し甘口で果実味豊かな赤ワインが多く、昔ながらのブドウ酒といった趣があり、意外と悪くありません。

右下に見えるのがカラス (2017年8月)

道端で自家製ワインを売る露天商 (2016年8月)

アルメニアのワインのデザインや名称には、しばしば彼らのアイデンディディが反映されています。ラベルに昔の王様の名前や伝説が描かれていたり、コルクにアララト山が描かれていたりと様々です。ワインを楽しみながら、時にはそうした彼らの文化に目を凝らしてはいかがでしょうか。

写真・文:田村 公祐

アルメニアワイン一覧

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