アルメニアワインの歴史
アルメニアは、ワイン発祥の地の一つとされています。ヴァヨッツゾール州のアレニ1洞窟内部では、約6100年前とされる醸造所跡が近年発見されました。近隣諸国でより年代の古い証拠は出土していますが、醸造所跡としては現時点でアルメニアが最古とされています。真夏でも涼しい洞窟には小部屋が複数あり、醸造に使われたと思われる、カラスという甕が地面に埋まっています。
旧約聖書によれば、ノアの方舟が流れ着いたというアララト山の麓に、ノアは初めてブドウを植えた人物とされ、アルメニアの人々は自らをノアの直系子孫と信じています。アララト山の北側から東側にかけては盆地が広がっており、気候が適していることから、現代でもアルメニアのワイン生産の中心地となっています。
紀元前5世紀のギリシャの歴史家ヘロドトスは、アルメニア商人がユーフラテス川を下り、バビロンまでワインを運ぶ様子を、自著「歴史」にて書き残しています。ヘロドトスによれば、彼らは木材の骨組みに獣皮を張ったボートを川に浮かべ、ワインの入った椰子樽とロバを乗せ、バビロンに着いてワインをさばくと、木材までも売り払い、獣皮をたたんでロバの背に積み、川沿いを歩いて国に戻ったといいます。
アルメニアには初期の段階でキリスト教が到来し、西暦301年に世界で最も早く国教として受容しました。それ以来、ワイン造りは教会の慣習に取り入れられ、イコンや建築にもその形跡を見て取ることができます。
中世から近世にかけては、イスラム王朝の支配下に置かれた期間が大半を占めますが、キリスト教徒の間では例外的に、儀式用に限りワイン生産が認められ、時にはイスラム教徒の隣人にも供されるなど、古来の伝統は小規模ながら受け継がれて来ました。
20世紀に入り、ソビエト連邦に組み込まれると、ワインの供給はジョージアに譲り、アルメニアはブランデーの産地としての役目を割り当てられました。有名な「アララト」という銘柄は、スターリンがヤルタ会談で英首相のチャーチルに供し、一生分買い占めたいと言わせた逸品として知られています。一方でワインは、生産自体は辛うじて続いたものの、大量生産の粗悪品が中心で、長年の伝統からは遠ざかって行きます。
風前の灯火となっていたワイン産業ですが、ソビエト連邦からの独立後、2010年代に入ると新しい生産者が勃興し始めます。商業的に成功したディアスポラのアルメニア人が、故地に戻って参入するケースもあり、独自の品種や類い稀なテロワールを生かし、現代的な技術を駆使して、瞬く間に国際市場に追随していきました。世界最古の醸造所が近年発見されたことも、それを後押ししました。
現在、エレヴァン市内にはワインバーが増え、空前のワインブームに沸いています。失われた古代品種の再現や、同業者間での情報交換も盛んに行われており、アルメニアのワインが再び名声を得る日も近いかも知れません。
地勢と気候
黒海とカスピ海の間に広がる、コーカサス山脈の南側に位置する内陸国で、西にトルコ、南にイラン、北にジョージア、東にアゼルバイジャンと接しています。国土の大半が標高900m以上の高地にあり、最高地点は4,090mのアラガツ山です。アルメニアの象徴となっているアララト山は、現在トルコ領となっており、国境から20kmの地点に位置します。
一部の地域を除き、ステップ気候または高地地中海性気候に属し、総じて降水量は少なく、気温は日較差、年較差ともに極めて大きく、日照量に恵まれています。主なワイン産地であるアララト盆地では、夏はしばしば40度を超える一方、冬には氷点下10度を下回る日もあり、年間降水量は300mm程度と乾燥し、半砂漠の植生を呈しています。
主な産地と品種
アララト盆地 (アララト州、アルマヴィル州、アラガツォトゥン州)
アララト山の北側から東側にかけて弧状に広がる、標高1,000m前後の盆地で、大規模生産者が拠点を構え、生産量の大半を占める地域です。寒暖差が大きく、降水量が年間300mm程度と乏しいため、多くの場合は灌漑で補っています。このうちアラガツォトゥン州はアラガツ山の南斜面にあたり、比較的高い場所にも産地が広がっています。
赤は土着品種のハグタナック(Haghtanak)、カヘットまたはミラグ(Kakhet/Milagh)、カルムラヒュット(Karmrahyut)、ジョージア品種のサペラヴィ(Saperavi)が中心で、白は土着品種のカングン(Kangun)、ヴォスケハット(Voskehat)、ジョージア品種のルカツィテリ(Rkatsiteli)のほか、ブランデー用の土着品種が多く栽培されています。少量ながら国際品種も栽培されており、中ではマスカットが比較的よく見られます。アララト州ではカングンの生産量が多く、アラガツォトゥン州が最も多様性に富んでいます。
ヴァヨッツゾール州
アゼルバイジャン本土と、その飛び地のナヒチェヴァンに挟まれた山がちな地域で、アルメニアのワインにおいて由緒ある産地です。畑は1,000m-1,400mに分布し、降水量は標高により300-800mmと大きな幅があります。代表的な品種である赤のアレニ(Areni)はこの地域が原産で、白のヴォスケハットも栽培されています。他には土着品種で赤のトゾット(Tozot)や、白のハトゥン・ハルジ(Khatun Kharji)、スピタク・アレニ(Spitak Areni)といった品種が栽培されますが、現時点では稀少なものです。世界最古とされる醸造所跡が発見されたアレニ1洞窟もこの地域にあり、近くのアレニ村では、毎年収穫の時期にはワイン祭りが催され、国中の生産者が一堂に会します。
タヴシュ州
北東部に位置する、ジョージアやアゼルバイジャンと接する地域です。アルメニアでは例外的に標高が低く比較的降雨があり、環境としてはジョージアの東部や、アゼルバイジャンの北西部と類似しています。大手のブランデーメーカーがワインも手がけているほか、近年になり小規模なワインメーカーが現れ始めました。赤はジョージア品種のサペラヴィ、白はジョージア品種のルカツィテリが中心ですが、アルメニア土着のラルヴァリ(Larvari)、バナンツ(Banants)という品種はこの地域に特有です。
ワインの傾向
土着品種を生かしたワインが圧倒的多数を占めています。赤ワインの品種はアレニが大半で、テーブルワインから樽熟成のフルボディまで、様々なワインが造られています。夏の高温や日照量とは裏腹に、力強さを全面に出したワインは少なく、野趣はありつつもバランスを重視したワインが中心です。白はヴォスケハットとカングンが多用され、ヴォスケハットが比較的格調の高いワイン、カングンが大衆的なワインに使われる傾向があります。国際品種ではマスカットが時折用いられ、香り高いワインを産出しています。少量ながら他の国際品種も栽培されており、国際品種同士、または土着品種とのブレンドのワインも見られます。
他の国々と同様、ステンレスタンクと樽の両方が使われますが、カラス(Karas)と呼ばれる甕を用いた製法もアルメニアに特有です。ジョージアのクヴェヴリほど一般的ではないものの、現在も一部の意欲的なメーカーが採用しています。また、大昔に途絶えてしまった、ブドウを吊るして陰干しにする、伝統的なカハニ(Kakhani)製法の再現に取り組むメーカーも出てきました。エレヴァン市内のバザールや、アレニ村付近の路上には、ペットボトルで自家製ワインを売る露天商が軒を連ねています。少し甘口で果実味豊かな赤ワインが多く、昔ながらのブドウ酒といった趣があります。
アルメニアのワインのデザインや名称には、しばしば彼らのアイデンディディが反映されています。ラベルに昔の王様の名前や伝説が描かれていたり、コルクにアララト山が描かれていたりと様々です。ワインを楽しみながら、時にはそうした彼らの文化に目を凝らしてはいかがでしょうか。
写真・文:田村 公祐

